かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

エッグタルト 後編

マカオに上陸するともう暗かった。
港からいろんな方面へのバスが出てて私にはさっぱり分からなかったけど、ワンチャイは慣れたもので「これこれ」といって小さなワゴンバスにのった。

バスは街の中心部に行き、カジノのあるホテルについた。

ぎらぎらどんどんジャラジャラ・・
かとおもいきや、意外と閑散としているし、中国の人ばかりの様子。カジノの中では写真を撮ってはいけないそうだ。

さらっとカジノ観光を終えて、外にでて宝石店が並ぶ通りを歩く。数十万〜数千万円の翡翠がたくさん売られている。買えないけど、どれが綺麗かな〜?と真剣にウィンドウを見てみるのは楽しかった。

メインロードをぶらぶらしながら、ふと右手にでてきた階段を登りたくなった。階段の上には細い道が続いてるようで、その先が気になった。
まっすぐこのまま歩いていくのはつまらなくて、ちょっと違うものがありそうな空気に誘われて強引にワンチャイとマリリンをよびとめ路線変更した。

これを逃すと、ずっと(前編から続く)空回ったままマカオ観光が終わる、と思い、この路線変更でようやく調子を取り戻した。
空回るとは、心が反応しなくなる状態で、ただただスケジュールをこなし観光地を通過する、何も印象に残らなくなってしまうようなことだ。何せ、この日は時間がなかったのだ。

人通りの少ない裏道、ヨーロッパテイストの建物が並び、喧騒から逃れた先に小さな広場と教会があった。教会は中には入れた。


だんぜんこっちのが(カジノより)好みだ。。

[


そこからカーブを描く坂道をおりて、さっきまで歩いていたメインロードに合流して、
ちょっと疲れたので、小さなお店の店頭で売られるエッグタルトを、食べようか〜?といって、2つ買った。

思えば人生初のエッグタルト。
思いのほか暖かくて、中が少しトロっとして、美味しかったのだ!立ってもぐもぐほおばった。
(流行り物のお菓子にとことん興味がないので、日本では食べることがなかった。)

そもそもマカオへの到着が遅れた私たちには、本当に行って帰るくらいのちょっとした時間しかなく、そのなかで満足させてくれたのがこのエッグタルトだった。


(そしてマカオの観光は終了。)

旅の最後に香港の空港でもエッグタルトを食べたけど、甘くもなんともなくて激マズだった。

エッグタルトは、マカオだなぁ。という感想を持った。(二軒しか食べてないのに大胆な感想だ・・笑)
空回ったまま食べたら、こんなに印象にのこらなかったかもしれない。
ちょっとのさじ加減で、時間の彩りは変わる。その勘を大事にしていたい。

ワンチャイもあの時のエッグタルトが印象に残ってるようで、見ると「マカオで食べたな。」と言うようになった。

今まで何でもなかったものに、「旅の思い出」という付加価値がついて、なんとなく微笑ましい存在になる。

それはなかなか楽しいものだ。
そんなものが増えることも豊かだなぁと思う。


さよならマカオ。あれで充分です。

エッグタルト 前編

家族旅行て、それなりに大変です。
お互いの気づかいがから回って疲れることもあります。

去年末に香港に行ったときのこと。
今回は日帰りでマカオにも足を伸ばそう、となりました。

お昼ごろの飛行機で香港につき、まずお昼ごはんに飲茶を食べようとお店に入り、
なんだかんだしていると、15時くらいになっていました。

そこから、マカオ行きの船に乗ろうと港にいきました。
地下鉄の駅をでて、船の切符売り場がある建物はすぐのはずなんですが、少し迷ってしまいうろうろしていると、親切にも現地のおばさんが話しかけてきてくれました。

趣味の卓球を通じて日本人の友人がいるらしく、親切に道を教えてくれ、・・と、旅っぽいエピソードが私には起きていたのですが、
隣のワンチャイを見るとそんな話きいちゃいない、なんならおばさんが話しかけていることにも気づいていない、ひとりエピソード外にいました。

ワンチャイは1度来たことがあったので、自分で解決する気でおり、お父さん!この人が教えてくれるって!と話しかけてももう耳がしまわれていて、聞こえないようでした。

マリリンはワンチャイを追いかけ、
けっきょく、同じグループなのに、私だけおばさんに助けてもらい同じとこにたどり着く、みたいなよく分からないグループ崩壊に陥りました。

マカオ行きの船は近々なくなるようですが、とても混んでいて、乗るまでに1時間くらい並びました。

この時すでに17時ごろ。
いまからマカオって・・みたいな気持ちになってきましたが、もうここまで来たんだから、楽しくやろうっと、マリリン。
ワンチャイは、余裕よゆう〜〜、行って帰って楽勝でしょ〜とか言ってる。
何しにいくの?!行って帰るだけじゃないでしょ!!
そもそもマカオて私は興味ないって言ったじゃんよ!

とか言ってしまうともう終わるので、無言になる自分。

つづく。

人の評価と自分の幸せは全く関係がないなと思った件について

急に気づいてしまいました。
いま、ものすごく幸せであるということに。

充分暮らせる収入があり、
ワンルームだけど思い描いたような理想の部屋(駅近、セキュリティ、眺望、日当たりぜんぶ。)に住み、
好きなものも買える、習い事もできる、旅行も行ける生活。

仕事は休みもとりやすいし、これといってつまずくこともない、嫌な人もいない。

両親もいたって元気に好きなことをしている。


こんな有り難いことってあるだろうか。
なんでこの幸せをもっと自覚してこなかったんだろう?

いま、めちゃめちゃ幸せだった・・(放心)

先週は桜が満開だったので、毎日お昼は桜の木の下で食べ、夜も友達とお花見に繰り出しました🌸

何の不満もないや。。幸せすぎる。


すると、先週でこの職場を去る人が、「この会社は何もしてくれない」と不満をつのらせ、太田さんも若いんだから、こんな何も身にならない仕事のんきにしてていいんですか、と言っていたけど

その言葉は私には何も響かなかった。
それは少し前の自分の姿に見えたけれど。

学ぼうと思えば学ぶことたくさんあるし、何か身につけたいなら自分で動けば良いし、手の打ちようはいくらでもある。

だから急にそんなことを言われて、のんきに見えてるかもしれないな〜と思ったけど、
その事はまったく私には関係ないな・・と思ったのだった。

会社にすべて期待して依存すると、そりゃあつまらないだろうなぁ。

私にとってはこのうえなく有り難い、愛すべき職場である。

1日は24時間あるんだし。世界は広いんだし。

バランスとっていけるのだ。


桜の木の枝ぶりが好きだ。
ひとことで言えば、「筋骨隆々。」
むきむきだ。

まるで凄まじい逆境に鍛えられたような、激しい葛藤の末に生き延びたような、ねじれ、よじれ、波打つような形。

ぶつかり合う筋肉のような、野太い幹。見ているとそのダイナミックさが伝わってきて、すごい!

自然は感じるもので、知識は私にはいらないなぁーと思う。

ブラックトルマリンとハーキマーダイアモンド

いまマイブームの組み合わせ、ブラックトルマリンとハーキマーダイアモンド。(ハングルの「イ」みたいに置いてみる。)

クリスタルヒーリングのクラスでもらったやつ。あの時は一度にたくさん詰め過ぎて、1つ1つの石のことが良く分からなかったけど、
いま少しずつ自分の中で分析しはじめた。

炭のような見た目のブラックトルマリン
は、男性的。
現実的なほうにひっぱるというか、すっと中心に寄せててくれるので、仕事中には良い!

モヤっと集中できないとき(眠いな〜とか、やる気でないやりたくないな〜〜とか)がよくあるのですが、
ブラックトルマリンを手元の見えるところ、例えばキーボードの端っことかに乗せておくと、
思考をふわふわと停滞させるモヤッと感が消えて、目の前の事に自然と集中していけます。

集中出来ないときは、エネルギーもそれこそ分散してると思います。
ブラックトルマリンのサポートでエネルギーが真ん中にすっと戻っていくと自然に、行動・思考・判断が出来ます。

つまり、すごく助かってます。(^^)!

石はそこにあると持続して作用するので、
アロマとはまた違う強さがあります。
アロマで集中力を高めると言われても私はピンと来ませんが、石は作用すると感じます。

ハーキマーダイアモンドは、まだ研究中。。
ブラックトルマリンと合わせてもつと、キュンとします。キラキラしています。
「希望を与える」だそうです。
とても軽いのです。軽やかに煌めきを伝えてくれます。

蒸篭にハマる。

自炊は、何を作ろうか考えるところから始まりますが、楽ちんなのはもちろんバランスもとれるように、色んな野菜をまんべんなく食べたい、という願いをいとも簡単に叶える方法をおぼえました。

それはまるごと蒸す、という食べ方です。

ウーウェンさんの本を読み、さっそく蒸篭を買い、どんな野菜もまるごと蒸してみると、いとも簡単にしかも素材の味が最大限味わえて、すごく良い!!この食べ方は私好みです!

「何を作ろうかは考えなくてよい。」
「とりあえず冷蔵庫のなかのものを蒸す。」
「蒸している間にどう食べるか考えればよいのです。」

と、その魔法のフレーズが響きました。何を作ろうか思いつかないときは、帰ってきてとにかく蒸篭に野菜を入れる。ゴマだれとか、胡麻油とお塩とかで味をつける。

お芋もホクホク、キノコもぷるぷる、にんじんも甘すぎない素材の味、ほうれん草はアクが出ず葉がしっとりふっくらする。
とにかく美味しい!

一番好きなのは、茄子のまるごと蒸しです。
皮をむいてまるごと。ナイフをいれるとちょっとふかふかして、食べるとじゅわ〜〜として、茄子って甘いんだ!と感じます。もっと蒸したらトロトロになるのかな?焼きナスでは味わったことのなかった、茄子の甘みが口いっぱいに広がります。

卵もアボカドも、お豆腐(余計な水分が抜けてふわっとする)も、お餅も、パンも、お肉も。

何でもかんでも!とりあえず蒸す。

これを覚えてから、一気にお料理のハードルが下がりました。そしてどんな野菜もどうやって食べよう?と考えなくていいので迷わず買える。良いことばかり。

外食で蒸し野菜食べても地味で美味しいと思ったことなんかないけど、家で食べると染み渡ります。
湯気の立つうちに食べると、本当に美味しい。

蒸篭のあのふわっと香る木の匂いが好きです。
もちろんあんまん肉まんも!

ウーウェンさんありがとうございます。画期的な自炊革命でした。

苦手なことと、好きなこと。

今日は、最近習いはじめたボイトレに行ってきました。

1時間なんてあっという間で、え〜〜もう終わりなの?!楽しくて死にそう‼︎‼︎

という感想。あれもしてみたい、これもいいなあ〜〜素敵〜〜!と、夢広がる。

一方で。

去年から細々と習いはじめたフラワーアレンジメント。
工作系は子どもの時から超苦手!図工・家庭科なんて大嫌い(料理は好きだ。)

ハンドメイド用品のお店に行っても、「出来上がったやつが買いたい。」と思ってしまう。

でもお花はちょっと違っていて、もちろん最初のオアシスをきったりテープを貼ったりは超苦手だし、何も思いつかないしすごい苦痛な作業。

でもお花の香りがして、色んな色を見ているのはとても好きで、ちょっと体調悪くても、帰る時には不思議と元気になってる。昨日もそうだった!

お花からエネルギーもらってるなあと思う。

華道家の仮屋崎さんも(なぜか2回も街で見かけたことがある。)、「熱があってもお花を触っていると不思議と治る」と言っていた。

そして苦手なんだけど、ちょっとは上達したらしく、先生が「前回からあなた少し抜けたね。ここからはそれぞれの個性だから私もあまり言うことなくなるのよ。」と言って、おぉ!よく見てるな〜〜!!と思ったのだった。

前回からようやく自分で最初から最後まで考えて出来るようにはなって、自分でも変化は感じてたけど、その些細なところを先生はよく見てるなあと尊敬した。生徒さんがみな通る道なのかな?

しかし!
本音をいえばお花は好きだけど、オアシスに刺したり、アレンジメントを作る、という作業はそこまで好きではない(苦手でつらい)、という致命的な欠点があるため、出来上がった作品に大した興味が湧いてこない(これでいいのかどうか良く分からない・・)、、
という本心が否めない。。自

でも苦手なことで成長する、というのは今まであまりしてこなかった気がするし、自分の変化に気づくという点でとても面白いなぁ、と思った。
私は「成長する」という感じが好きなのだ。

何を通しても人は成長できるけれど、好きなことと、そうでもない事の違いはこれかぁ、と思った。

結果に一喜一憂する、言われなくても勝手にやってしまう、失敗したらやたら落ち込む、
それはすごく「好き」だから。

お花は失敗してもま〜いっかな〜、いい匂いで楽しかったしなぁ!で終わっちゃうし、自分で材料用意してやる、とかは思いもつかなかった。。(これからは変わるかもしれないけど)

この2つが今私のなかで不思議なバランスをとっていて、どちらも味わえて楽しい。