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それぞれの味わい

「インナー風水太極拳 12/12・13」

おなじ動きをしていても、やる人それぞれの味わいがある。最小限の動作で、目の前のものをプッシュしようとする型に、なんか人生がにじんでいたりする。

 

もしかして、これはわたしにとっても、自分を表現する貴重なものかもしれないなと思った。

 

白い滝のような清々しさがある

 

とクラスメイトが言ってくれたのがとっても嬉しかった。(これはほんとに嬉しい!)

 

そっか、そういう、それぞれに与える印象というのがあるんだな、と思った。わたしもそういう目線で、みんなをもっとちゃんと捉えられるようになりたいな。

 

すごいのだ。土日とも朝から晩までワークショップ、そして日曜はその後のレベルアップと試験が夜8時くらいまで!

 

 

先生も翌日から海外遠征なのに、体力の配分とかそういうことを一切かんがえず、本当に惜しみなく時間と体力と気力をかけて教え続けてくださった。

 

一緒に試験をうけたIちゃんが、後半になればなるほど良くなっていき、最後の本番は

Iちゃんのプッシュには人生がでていた、とインストラクターのMちゃんがいった。

「Iちゃんてしごかれて伸びるタイプだねきっと」というと「そうかも。あたし褒められるの苦手なんだよね。」といったので褒められて伸びるタイプのわたしは、すごい新鮮に思った。こりゃ、教えるのって難しいんだな!

「あゆみちゃんのピークはね、きょう(日曜)のお昼。」と先生に言われてしまった。

 

わたしは集中力のあまりもたない器用貧乏の短期集中型(覚えは早い。)なので、やればやるだけ・・・とはならず、ちょっと置いてからまたやると急に出来たりするタイプなのだ。

だから最後の試験の時には疲れと緊張であんまりいい出来ではなかった。「さっきはもっとスムーズに出来てたんだけどねぇ。」と言われてしまうようなデキだった。

 

太極拳は呼吸を合図にあじまるので、何人かでやる場合、自然とだれかの呼吸にあわせてはじまる。それを読み合わないと、うまく同時にははじめられない。

ワークショップのあいだに、誰か見てもらいたい人は前にでてやってという時間があって、翌日試験をひかえたIちゃんSくんとわたしが一緒に演技をした。

すると不思議と息があっている感覚はあって、先生もそれぞれの批評をしたあと「あとは三人がずっとお互いをきにかけている感じがなんかよかったな。」といった。

 

今回はレベルアップのクラスに、わたしたちインターンを目指す者と、すでにインターンを卒業してアシスタントインストラクターになっている人たちがいた。

 

試験の前に、アシスタントインストラクターの人たちが二人ずつ、みんなの前で演技した。さすがにとっても上手で、安定感や迫力があるなぁとおもった。

しかし先生が「Dちゃんはなんか一人でやってる感じがするんだよ。ひとりっていうのは例えば隣のMちゃんが途中でとまっちゃっても、そのままかまわず続けていきそうなかんじなの。ぼくは太極拳はそういうものじゃないんじゃないかなぁとおもうんだよ。」といった。

 

その言葉もあったので、試験本番ではじゃんけんで一緒になったSくんと無言のうちに、”なるべく合わせてやろう”という意思疎通をしていたと思う。

結果、先生が「この二人は不思議なんだけど、お互いが補い合うっていうのかな、そういうところがあるようにおもったんだよね。でもどっちかズレると両方ズレちゃうんだけど。あと途中でふっと気が抜けたりするところも一緒なんだよね。」と、見事に共倒れペアになってしまった。

 

そして次の組で演技をしたIちゃんは、

「Iちゃんはやっと太極拳になったね。これまでのプロセスをずっと見て来ているからね。」と先生から太鼓判をもらった。なんか感動してしまった。

 

わたしとSくんも無事にインターン合格となった。よかったよかった。

 

アシスタントインストラクターのY姉さんが、「わたしははじめこの太極拳がけっこう地味に感じてあまり好きじゃなかったけど、最近になってやればやるほど味があって、一生やっていきたいなって、思うようになった」と言った。

 

わたしも今回の二日間でさらなる深みを見たし、ひとつ出来るとつぎの扉があるような感じで、まだまだ道は続いているのを感じる。

 

それは、先生の惜しみない愛情があってこそだなぁと思う。

なるべくこうやってすごす時間の詳細を自分に残しておきたいと思ったので、おぼえていることを書いた。