かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

八木先生。

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※あるこ画伯からイラストをいただきました‼︎ありがとう*\(^o^)/*エヴァテイストがたまりません。

あまり記憶が定かでないのですが、小学生のときに受験をしたわたしは、受験期の後半、塾のガツガツした雰囲気に完全になじめませんでした。夏休みや春休みは6時間くらい床に座って勉強させられ、子供ながら膝が痛くなった記憶があるし、「必勝」という鉢巻をみんなでしてました。今思うと笑えます。テストの成績順でクラス分けされ、一軍はB組、2軍はA組で、わたしはずっとA組でしたが、この塾をやめる前に受けたテストでははじめてB組入りを果たしていたので、「せっかく伸びてきたところなのに」と引き止められましたが、辞めました。

この塾で1番印象的だったのは、塾長先生が、昔ゴルフ場で雷に打たれて臨死体験をしたことがあるということでした。

その後小さな塾にかえ、そこは逆に物足りず、さいごは家庭教師の先生にきてもらっていました。最初の家庭教師の先生は、「合格させます!」という感じで、受験生のくせに「ストイックすぎる・・」という理由でお断りすることになりました。それからはふんわりしたお嬢様の先生が来てくれて、受験までの日々を平和に過ごしました。

受験がなんなのか、なんのためにするのか、自分はやりたいと思っているのか、なんにも考えてなかったとおもいます。

それでも生涯たった一度の受験は無事おわりました。

中学生になっても、なぜかうちに家庭教師の先生がきていました。

しかし、わたしは小さいころからめちゃめちゃ内気で、大人と話すのは苦手でした。声を出すのにすごく勇気がいるし、なかなか声が出せないのです。

それがどれだけのものかというと、幼稚園のころのスイミングスクールで、アルバイトのお姉さんにお母さんがあだ名をつけてて家でそれを聞いていたのに、
いざそのお姉さんがしゃがんでわたしに「あゆみちゃん、お姉さんの名前わかる?」と聞いたとき、わかっているのになかなか答えられませんでした。

声がでないのです。お姉さんは諦めず何回も聞いて、すごい辛抱強くまっていると、わたしが蚊の泣くような声で「・・・⚪︎⚪︎ちゃん。。」と答えて、お姉さんはすごい喜んでいました。たぶん私は喋らないレアキャラだったので、その次にスイミングスクールに行ったとき、またお姉さんに名前を聞かれました。お姉さんは今度は他のバイトの男の子をつれて、「こないだ名前言ってくれたんだよ〜ほんとだよ〜〜」と言っていました。

わたしはお兄さんとお姉さんを見上げて、何で何回も名前を聞かれるんだろうと不思議でした。でもやっぱりすぐには答えられず、ためてためてためて、ボソッと答えると、ますます喜ばれたような記憶があります。

こんなんですから、家庭教師の先生と二人の空間では、やっぱり無言でした。
話しはじめるまで、とてもとても時間ときっかけと勇気がいったのです。

中学生のころ、「そろそろもう家庭教師いらないのでは?」という最後のころに、八木先生という理系のお姉さんが来てくれていました。前の先生の紹介で、これまでのお嬢様路線とは違う、ギャルぽい先生でした。茶髪で日に焼けてて、すごいスリットのあるスカートや、バイクに乗ってきたり、さばさばした天真爛漫なお姉さんでした。

そのころの私はオタク期・エヴァ時代に突入しつつあって、八木先生とは対照的な相変わらず内気な人間でした。
内気で不器用ゆえに、変に哲学めいたことを言いたかったり、うまく言えないがゆえに唐突に重いことを言ったりしても、
八木先生はなぜか面白がってくれて、名言と思えるわたしのコメントを「え、なになにもう一回言って」と言ってメモっていたりしました。研究室で私のことを話しているらしいのです。

でも本当に嫌味のないさっぱりしたいい人だったので、色々アンバランスでオタクなわたしと、本当に対等に気さくに話しをしてくれて、本当に楽しかったです。

たまに居眠りしたりタバコくさかったりしたけど、明るくて楽しくていいお姉さんで、好きでした。わたしは勉強したいとは思ってなかったので、八木先生の話が脱線すると、いつもそれをひきのばすようにしていました。でも内気な人というのは、自分から余計なおしゃべりはできないので、なんとなくその時を期待して待ってしまうのです。

それで結局ほとんどおしゃべりで終わってしまって、「やばい全然勉強しなかったね、お母さんには内緒ね。」という感じでした。
お母さんは楽しそうならいいやという感じなので、どんな勉強したかなんて聞かれたことないし、テストの点も聞かれたことないし、ますます何で家庭教師をつけていたのかはわかりません。

しかし昔の自分というのは、気持ちは忘れていないけど、まるで違う人のようなところもあります。

人は変わっていくけど、持っている良いところは変わらないものだ、と思います。

わたしは、もっと変わりたい!と思ったりするけど、いい所をほめられるときは「変わらないね〜」と言われたいです。
「変わったよね〜〜」といわれると、過去の自分を置き去りにしてるようで少し悲しいし、「変わってないよなにも!」と逆に怒りたくなります。

本当はなにも問題なんかないし、もともと素晴らしいものは備わっていたのだし、このままで全てうまくいっているんだからと、本当はそう思いたいし、きっとみんなそうなのだとおもいます。

だから声がでなかったころのわたしは出してなかっただけだし、出しても出さなくてもわたしはこのままで素晴らしいし、
出すのか出さないのかの選択があるだけなのだと思います。

つまり、わたしは何も変わっていないが、「内気である」という選択をだんだんしなくなっている、ということです。

そしてすべての瞬間にその「選択」をできるということが、人生最大の「自由」なのだと思います。

だから、「人生は変えられる」というよりも、
「あなたは自由に選択できる」と言うほうが素敵だなぁと思います。

違う選択をして良いのです。