幸せのかたち

わたしが一番幸せだったのは、幼いころにおじいちゃんおばあちゃんの家でいとこやおばさんやみんな集まって、犬もいて、みんなでわいわいごはんを食べて、わたしはいとこのお姉ちゃんと大人の目のつかないとこで好き勝手あそんで、夜は大きな部屋にたくさん布団をしいてお姉ちゃんと転がりまわって大人より先に寝て、夜中目を覚ますと隣にはちゃんとお母さんがいて、その向こうに揃って川の字に寝ているみんなの寝姿を見渡して、ほっとすることだった。

あの思い出は宝物だ。わたしが幸せといって思いうかべるのはあの頃のことだ。

ばななさん言葉で
人の幸せは小さいころにほとんどが詰まっていて、大人になってからはそれを取り戻すための時間になる
というようなものがある。心打たれた。

時が流れて、あんなに広いと思ってたみんなで寝た部屋は大したことない大きさに感じられたし、おばあちゃんちももうなくなってしまったし、人も減って、大人になったわたしたちはそれぞれの人生へと散ってしまった。

そしてまた大きなものを失ってしまった。

何をどうひっくりかえしても戻れないのだけれど、わたしの魂にはしっかり刻まれている宝物だ。

ある時夢に、あのおばあちゃんの家がでてきた。もう無いはずなのに、わたしは二階から懐かしい部屋や、よく遊んだ階段の手すりとかを眺めながら下におりた。

部屋の家具には白い布がかけられてて、綺麗にとって置かれていた。誰かがまだ大事にしてくれてるんだぁ、お母さんかな?お母さんならやりそうだなぁと思った。

なんだかその夢を思い出した。

わたしの心にはいつまでもいつまでも、あのかけがえない幸せがそっとしまわれた場所がある。

時は流れて風になって、いつかまたどこかで。