かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

楽しみをたとえると

わたしは音楽が好きだ。楽しいことが好きだ。

今日はヤマネコくんと一日中、歌ったり踊りの練習したり、モノマネしたり、めちゃくちゃ楽しかった。
ぱぁ〜〜っと発散するような楽しさ、
どんどん盛り上がっていく楽しさ、アイディアがぽんぽん出てくる楽しさ、
これってめちゃめちゃ楽しい。
しかも遊びなのに、あの真剣さ!
やっぱりこういう時間もないとね!とおもった。

一方で、太極拳やヒーリングサウンズや瞑想は、とっても地味だけど、
たとえるなら大地に水をやって、それが植物の根に届き、じゅわ・・じゅわ・・と根が水を吸い込んでいくのを聴くような、そんな楽しさなのだ。
それは深い充足感というようなものだ。
もちろん毎回そんな感動があるわけではないし、何かを狙ってやるようなものでもなく、じつに意味のなさそうなことをたんたんとやることなのだ。目的や目先の利益のないことを心をこめてやる、というのは現代人にとっては難しいことだ。この忙しさの中では。
でもそれはたんたんとやるうちに、気づいたら見たことのない景色を見せてくれていたりするのだ。いつでも、今までより少し広く大きな世界に気づかせてくれて、はっとしたりする。新しい扉を開いていくような感じ。

人って、じつはそんな簡単じゃないよね?
ただただ、がははと笑えることばかりじゃ、ほんとは満足しないはずだ。
もっと深いところでのしみじみした歓びもあるはず、それを本能的に本当は求めているはず。
私はそう思う。

そうして自分を見つめてからまた楽しい遊びに戻ると、新しいアイディアとか、もうちょっと自信を持ってみようかな、という勇気とかが自分に芽生えていることに気づいたりする。

どちらの楽しさも私には必要で、こんな風に循環していくもののような気がする。

根をはり、しっかり充足し、
風にぱぁーっと葉や枝をゆらす。

しっかりした生活の営みのなかでこその、
楽しさだ。

楽しさ、愉しさ。

もっと知りたいのだ。知らないことを。
そして知るほどに、何も知らなかったことを知るばかり。

それが、たのしい。