かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

木の世界と鳥の世界と


しかし木というのは、
わたしが何をしたところで機嫌を損ねるなんてことはないのでよい。

木には感情はないけど、歴史と智慧と物語がある。

じっと見ると味わいがあるし、触るのは気をつけないと虫の世界に手をだしてしまうけれど、葉の音は癒やしてくれるし、木は一緒に風を感じてくれるような気がする。存在として感じるものがある。

さいきんよくケヤキの木を眺めたり、触ったりしていた。
波紋のような模様のおりなす幹、少しずつめくれて反り返り今にもはがれ落ちそうな樹皮を見ていた。ちょっとずつ脱皮していくように、木の皮がこうやって剥がれていくから、あの波紋のような模様が出来るのか、と思った。
ケヤキから樹皮が落ちるところも見た。カサっと音をたてて、木の破片が地面におちた。それからケヤキの木のまわりに落ちる樹皮に気づくようになり、落ちる時のことを想像する。

風にそよぐ葉は繊細だ。細長く、周りはきれいにぎざぎざに縁取られ、先は少ししゅっとしてニュアンスがある。女性の指先のように。どんなにガタイが大きくなっても葉の大きさはそんな変わらないので、幹が太いほど、なんだかその葉は繊細に見える。
少しずつ関係を気づくように、少しずつ知っていく。

そうやって木を見ながら歩いていたら、
並木道の地面にメジロがちらほらいるのが見えた。
メジロは小さくて緑で、いつも木の枝の上でちょこちょこと花の蜜をすったり、
小さな実を食べているイメージだったので、地面にいるなんてなんか変だなと思った。

よく見てみると、飛び回るそのメジロの近くには、動かずじっとたたずむ、何か小さいものがある。
え~~~~~!と思った。ヒナだったのだ。巣から落ちてしまったのだろう。
まだ足がたたないみたいで、だるまのように地面にぺたっと座り込んで、じっとしている。ものすごく小さく繊細なものがこんなにも無防備にそこに居る。
親鳥は近くの木の上にいて様子を見ている。
どうしよう、ここにいたら車にひかれてしまうし、カラスも飛んでいるし、猫もいる。

ちょうどそこに通りかかったおじさんに相談すると(巻き込んだ。)、おじさんはヒナを拾いあげた。
それでどうするか話した。持って帰ったら?とおじさんは言い、わたしは落ちてた場所の近くの安全そうなとこに帰そうといった。親鳥も近くにいたし。
おじさんは、じゃあほら、とヒナを手渡した。
わたしは生まれて初めて、鳥のヒナを手のひらの中におさめた。
重さなんてなくて、もうほんとに壊れ物のようで、こちこちょと動いている。
指の間から除く小さな目と目があった。まだ目の周りは白くなっていない。あれは大人のしるしだったのだ。
最初すごく鳴いたけれど、ごめんね〜!いま安全なとこにおいてあげるからね、、と
声をかけると、何をされるのかとじっとこちらを見ていた。真っ黒な小さな目をじっとこらして。

ものすごく可愛いかった。両手のひらから優しさエネルギーを発して、安心させてあげたかった。

そしてイチョウの根元の草陰にそっとおろしてあげた。最低限車にはひかれないように。
ヒナは放心してまたそこでだるまさんのようにたたずんで居た。親鳥が枝のうえで待っていた。
後で見に行くともういなかった。どうなったかは分からないけど、無事にどこかに帰ったと思いたい。

後日歩いていると、今度はふわふわと羽根がおちてきたので思わずキャッチして、名刺につけました。野鳥の会とか、ネイチャーガイドの名刺にしたら素敵でしょう!

観察と対話は続く。

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