かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

即身虫に出会う。


すごく地味な話しですが、
マンション玄関の天井に、何日も同じところにじっとしてる虫がおりました。

朝そこにいて、帰ってくるとまだそこにいる。
翌朝もそこにいて、帰ってきてやっぱりいる。

もう何日たった?飲まず食わず?
我慢強いなぁなんて思って、みてた。

そのことを職場の虫おじさんにいうと、死んでると思うよ、と言った。
よく森でも木かなんかにとまってるから捕ろうと思うと、死んでるっていうのがあるんだよ、自然死するんだねぇ。

6本の足はしっかり天井にくっついたまま、もう何日もそこにいる虫の命はとっくに尽きていたようである。

完全な形で残された空の身体を毎日見てたのだった。まるで即身仏のようだ。

虫の身体は、死んでも動物みたいに劇的には変わらないし、あの足が引っかかっている限り、永遠にあそこにあるのだ。

やがて日がたつごとに、一本、また一本と足が天井から外れていって、とうとう最後の一本になった。

途中、まったく同じ虫が隣にもう一匹たたずんでいた日があって、
あれも死んでる?!ここは墓場?!と驚いたけど、二匹目は翌朝にはいなくなった。

ある日、職場で同じ種類の虫が、何か白いものを出して死んでいた。

虫おじさんに聞くと、「これは蜂に寄生されてる。でも、白いのは踏まれて飛び出た内臓じゃない?」と言った。

そもそも虫嫌いの私には冷静に直視できない光景だった。
でも、踏まれたりつぶれたり、足がとれたり、そんなことが自然界の、野生の死に様だとそれまでは思っていた。

まったく対照的な、まるで老衰で息を引き取ったかのような、天井の即身虫の、最後の引っかかりの姿に、私は近寄れないものの写真に収めるくらいの愛着を持ってしまった。

あと一本。もうからからに乾いているんだろう。風に持って行かれてしまう。

そしてとうとうその日はきて、ある日帰ってきたら即身虫はいなくなっていた。虫は嫌いなのに、いつでもそこにいるというのは面白かったから、あ〜〜ぁと、寂しく残念だった。

まぁ、ただただ見ていただけの話しなのだ。
それだけなのだ。