かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

おもに旅日記、日々の中の新鮮さを保つこと。

ロジャース

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ここ数年は、家族で沖縄旅行に行っている。

那覇空港について、車でまずはロジャースにいく。ロジャースは日本で最初のショッピングモールで、3階建ての吹き抜けの白い建物で、両親世代が夢見たアメリカンドリームが詰まっている感じがする。出来たときはさぞ煌めいていただろう、今はやや時代に取り残された感じがあるが、食事と買い物ができて、あのアメリカンな風に吹かれるのをとにかく両親が楽しんでいるので、とりあえず毎回行くのだ。

タコス屋さんはマリリンがいたく気に入り、奥の古い中華レストラン「月苑飯店」はワンチャイが大好きでいつか1人でも通っていた。

2人はシェイキーズにも懐かしいね〜と目を輝かせている。「あの頃のアメリカ🇺🇸」の夢は永遠に褪せないらしい。憧れの対象なのである。

 

今回はA&Wという沖縄中にあるハンバーガーショップが新しくロジャースに出店してたので、お昼を食べに入った。カップや食器にえがかれたオレンジと茶色のロゴがレトロで可愛い。

ワンチャイが、ルートビアを頼んだ。この日はサービスデーでルートビアがお得なんだと目ざとく見つけている。

すごいジョッキ🍺でコーラみたいな見た目のルートビアがきて、匂いを嗅がせてもらったら湿布薬みたいな匂い。これは飲む味じゃないわ〜と私が言ったら、やっぱりこれもアメリカンドリームの一種らしく、「味じゃなくて、アメリカを飲むのよ。」と楽しそうに言っていた。


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そういえば、ワンチャイは20代のころ詳しくは分からないけどアメリカ横断の旅に1人で行ったそうだ。マリリンとの出会いもそれがきっかけだったときいてる。

その頃3つ歳上のマリリンは六本木TMCという会員制クラブ(とマリリンが言うので)で働いていた。会員制クラブとは夜の仕事ではなくて、イベントや会議などで使われる施設で、色々な法人の人たちが顧客にいて訪れていたそうで、大学生だったワンチャイはそこで車のポーターのバイトをしていた。車が大好きで、六本木だからただで色んな車に触れるやった〜と思いながら、アメリカ旅行の資金を稼いでいたらしい。そこで秘書か何かをやってたマリリンは、アメリカン横断の夢を語るバイトのワンチャイを羨ましく思って、チケットの手配とか、準備を手伝ったという。自分もバックパックで旅行してみたかったけど、女の子は危ないからとおじいちゃんに反対されて行けなかったからすごく羨ましかったと言い、ワンチャイが旅だったあとも、現地に着いたら電話で安否を知らせるようにいい、会社で唯一国際電話の通じる秘書室の電話をその私用のために借りて連絡を取り合ったという。

無事の知らせはマリリンによってワンチャイの実家の家族にも伝えられた。

それから何十年、、

という話しである。

 

あの年代のアメリカ神話、白人への憧れは根強い。今だにマックに目を輝かせるマリリンに、米軍基地に目を輝かせるワンチャイである。

 

このロジャースはまだ2人にとって終わらないアメリカ神話なのだ。

建物も白くて吹き抜けていてオシャレなのに、いつも写真に撮り忘れてしまう。。

今度もう一度行けることがあったら、あの外観をちゃんと写真に撮っておこう。

最近、読書熱に火がついてる。

久方ぶりに、ばななさん以外の小説を読んだ。

ミヒャエルエンデの「果てしない物語」から、森見登美彦の「熱帯」をよんで、今は「甦れ!ブッポウソウ」という鳥類学者の本と、沖縄で買ってきた「沖縄まちかど本屋さん、かくかたり記」を少しずつ読み進めてる。

先日沖縄にいったときに、ショッピングモールであるロジャースの2階の雑貨屋さんに、古本コーナーがあって、そこの並びが魅力的だった、写真撮ってくれば良かったと思う。

それから、那覇にある桜坂劇場の漫画コーナーも最高である。上述の本屋さんかくかたり記は、桜坂劇場で買った。

 

思えば少し前に、「本なら売るほど」という漫画を読んだところ、愛読家が自宅に無数の蔵書をもち、自分の蔵書印を付してコレクションしている、というのを見た。そういえば私は先日、韓国小説の皮装丁本を手に入れて以来、書斎をいつか持ちたい・・と夢を持ったけれど、「蔵書」って視点で見てみると、どんな本をコレクションしたいか?と考えだした。

そうすると自ずから読んでない本がこの世には無数にあるわけで、気になってて読んでなかった本を読みたい欲が湧いてきて、本屋さんや図書館に行ったのである。

 

そして子供の頃にも感じたことを思い出した。

この世に本は海の如く無数にある。本棚にぎっしりと並ぶ本の背表紙を眺めるたびに、全て読んでやりたい!という気持ちがふつふつと湧く。

と同時に、この大海原を一生かけても制覇することなど不可能だ、、と打ちのめされ、じりじりと焦る気持ちで、目の前の一冊の一ページをめくろうとする。

 

それが、日本語の本だけでこうなのだから、海外の本屋さんのインスタを見て、世界中の本を読もうとしたらもう宇宙だ、、と、震える思いになるのだった。

本の山の前に打ち震える。

それでも、どれもこれも読んでみたくなって、むずむずする。

 

とはいえ、蔵書にしていつまでも持っていたいと思う本は限られる気がするし、そのような大切な作品にはやみくもに新しい本を読まなくても上手に出会ってきてるとも思う。

でも今は、気になる扉を開けていきたい気持ちで色々読んでる。

しばらくはこの熱を育ててみようと思う。

noteにまつわる

ブログには感動したことを色々書きたいけれど、

悲しくなるものもある。

私は長年よしもとばななさんのファンで、「花のベットで昼寝して」以降はあまり小説を読まなくなってしまったけれど、それまでの多くの作品、エッセイはいつも自分のお守りのように大切に読んできた。

 

ばななさんはコロナ前まで、10年にわたり自身のオフィシャルサイトで日々の日記風エッセイを無料で公開しており、後にその全ては幻冬舎から書籍としてでている。数年前からはnoteで有料のエッセイを書き続けている。今回、事情があってnoteの記事を販売していた。個人的なご家族との関係を綴り、いまお姉さんが命の危機であるためそのためのクラウドファンディングが目的であった。2万時におよぶ文章にはここに至る経緯と、心情と、覚悟が綴られていて、これを500円でなんて安いものだし、プロ魂を感じた。

今までのエッセイ全てを読んできて、垣間見えていたものもあったが、今回のnoteを読んで、これほどまでに壮絶な日々の上に、あの作品たちはあったのかと愕然とした。

そして、なぜ私がばななさんの作品に心救われるのかその理由がはじめてわかった気がした。

けれど、心無い批判がネットに渦巻いて心底驚いた。

 

どんな関係性であろうとも命の瀬戸際で、なんとか家族を助けたいと思い戦う人に、なんて心無い批判なのだろう、なんか、当たり前の良心的な情緒がない気がした。これだもの、こんな世の中だもの、今の時代に有名になっていいことなどないのかも。口だけ達者な人が多すぎる。

 

それで無関係な人たちが散々好き勝手言って満身創痍の本人を攻撃したあげくに、数日後にはぱったり話題に上がらなくなり忘れられるのがsnsのパターンだ。まるで群衆の行進が1人を踏みつけて傷だらけの本人だけが取り残されるみたいに。

その悪い面を思い切りみたきがする。

 

糸井重里がちょうどXで「ありがとう、や、お疲れ様、のように、大きなお世話、って言えたらいいのにね」みたいなことをツイートしていて、この事を言いたいのではと思った。

 

snsは、深い深い伏線のある物語を語るには適さないのかもしれない。

軽く簡単で表面的で、小出しにしていくものが良さそうだ。何もしらない通りすがりが表面だけとって一人前にいちゃもんつけていく世界だから。

 

やっぱり私はそっと応援する。いつまでも作品を読み続けることで忘れずに。

 

 

 

 

tyding up!

昔実家に住んでいた時に、こんまりさんの片付けの本を読んで、これは今やるときだ!と思って、片付け祭りをしたことがある。身の回りのものを分類して、全ての物と一つずつ向き合ってなぜそれを持っているか?喜びを感じられるのか?自分に問い、取捨選択していくという方法。喜びを感じられるか?という問いは、とても自分と向き合うことになり、生活を整え自分自信の暮らしをコントロールできるようになる。その後に一人暮らしの引越しをする時は、必要なものは明確だったので、引越し業者さんに搬入してもらってから3時間くらいで全ての片付けが終わり、その日の夜からすぐに生活をスタートすることができた思い出がある。

 

あれからこんまりさんの本は手放したけど、youtubeで杏さんと共演されてるのをみてから、ふとまた興味が湧いたので動画を少し検索したら、netflixで海外のいろんな方のお家を片付けるドキュメンタリーがあった。予告編を見たらすっごく見たくなって、自分でも予想外に即刻netflixに課金してしまった。私がこんまりさんの本で片付け祭りを終わらせた後、彼女は世界中を片付けるべく羽ばたいて、Time誌の「世界で最も影響のある100人」に選出されたほどだった。

この片付けは、みんなそれぞれに、「この後の人生こうしていきたい。」という思いがあり、それが「今本気でやらねば。」と、心の準備ができた人たちが取り組んでいた。

 

正直、涙無くして見れないドキュメンタリーである。

身の回りの物は思う以上に自分にとってセンシティブで、アイデンティティやいろんな感情が絡んでいる。自分の暮らしを、自分自信を大切にしたいという思いから、その感情と一つずつ向き合うので、人によってはとても辛いものもある。亡くなったご主人の遺品の整理や、どうしても物を手放せない罪悪感や、家族との関係や。こんまりさんがその度に、まずその人が大切にしているものやことをすっと紐解くので頑固なお父さんもすぐに心を開いたり、否定することなく、「大切なのは捨てることではない、これからの人生にそれが本当に必要だと思いますか?」と問いかけを繰り返すうちに、その人なりの「ブレイクスルー」を迎える瞬間があるのだった。その瞬間がとても美しくて清々しくて、感動してしまうのだ。

みなそれぞれに、自分の力で壁を突破して目の前がひらけていく瞬間、何を持ち何を手放すか決断ができるようになり、前に進んでいく。ワクワクし、明日が楽しみなり、毎日が静かな喜びに満ち、余裕が生まれ出す。もつれた糸が解かれていくように、片付けと共に家族が絆を取り戻したりする。その様子がとても美しい。

 

私はそのブレイクスルーの瞬間を、まるで川の水が大きな岩を乗り越えて、全てを綺麗にさらっていき美しい湖にたどり着くような、そのキラキラした流れがみたくて、このドキュメンタリーを一気見してしまった。この川の流れのようなものが、前に進もうとする意思の力で、心の中の準備ができている証だと思う。参加者全員にこの準備ができていて、素晴らしかった。

 

ところで、片付けの前にこんまりさんは必ずその家に挨拶をするのだが、このシーンがとても好きだ。家の中心となるスポットをなんとなく感じて、その場に正座し、目を閉じる。家主たちはその姿を見て一緒に目を閉じたり、自然と家族で手を握り合ったり、肩を寄せ合ったりする。自分たちのテリトリーである家に配慮とリスペクトを示す姿に、これから始まることは単なる掃除や片付けではなく、これからの人生と本気で向き合うのだなという、ちょっとした神聖な気持ちになるのだ。そしてこんまり先生の実は鋭い眼光には、物に圧倒されて挫けそうな時にも、絶対に諦めさせないゴールに引っ張っていく決意と信念と鼓舞が表れている。そうでなければ、ここまで人に深く伝わらないだろう。「マリエはこんなに可愛いのに仕事の鬼なのね。」と言われていたのが印象的。

 

と、ドキュメンタリーを見ながらやっぱり片付けを始めてしまった。ちょっと整理した結果、長いこと眠っていた茶香炉を久しぶりに出して炊いた。古くなったお茶を炊いたら全然香りが出なくて、贅沢だけど茶香炉にも飲み頃の新鮮なお茶っぱがいいのね。。と学ぶ。

 

そんな台風の1日でした。

 

 

つぶやき。耳を👂すませば〜

雫ちゃんと聖司くんの大きくなったその後を知りたいよ〜

 

会うと新しい世界をみせてくれて、まるで自分の中の時間が動き出すような感覚になって、追いつけなそうで焦って苦しくなる。。そんな気持ち、私にも少しばかり経験があります。

 

若い2人はそれぞれにチャレンジを乗り越えて、お互いの輝きに運命を感じてしまった瞬間なのでした✨

 

雫ちゃんはヨーロッパ留学とかしそうですよね。比較文化とか文学の勉強をするのかな、まっすぐに進む聖司くんを追いかけ、自分の道を見つけることで一緒に輝きたい、雫ちゃん。

 

もし思ったような扉が開かず、聖司くんについて行けなくなったら、、何もない自分がそばにいるのは雫ちゃんは幸せじゃなさそうだし、

はたまた、聖司くんをある日追い抜いてしまったと感じたら、、?

紆余曲折想像できそうですが、それぞれの道があってこそ一緒にいて幸せになれる2人、というのに憧れます。

のだめと千秋のような、

「あの時より良いコンツェルトが出来なかったらもう先輩のこと好きでいられない気がして、、」

という危うさが、

雫ちゃんと聖司くんにも訪れそうな予感もしちゃいます。

韓国ドラマ並みの波瀾万丈のその後が期待されてしまいます。

 

だって夢見るバンドマン、とかじゃないから。あの年で、聖司くんの夢が地に足ついてて素敵すぎるから。

 

今は聖司くんの背中を追っている雫ちゃんだけれど、いつか少し聖司くんを追い抜いて、自分の道を邁進しながら、隣で良き理解者である聖司がいる、、みたいなその後を見てみたいと思っちゃいました。

雫ちゃんには夢も恋も叶えてほしいなぁ。

と思うのでした。

 

 

あなたが小さかったころはね、①

一緒にヨーロッパを旅したみっちょん夫婦にチビちゃんが誕生し、2年がすぎました。

赤ちゃんのころから時々会いに行ってるので、

最近は「あゆたん」と名前を呼んでくれるようになりました。

可愛いすぎる。ほんとに可愛い子です。2人のいいところをたくさんもらったようです。

 

この間は、みっちょん一家とお花見にいきました。車をかりてくれて、お花見スポットまで、お弁当もって。車内でついつい大人が話しの花を咲かせると、静かにしていたチビちゃん。

「チビちゃん、どうしてる〜?」と聴くと、

にこにこ笑顔で「お外みてたの」と言いました。

自然に静かにしていたり、でも大人の話しはそっと聞いていたり、なんて偉い子なんだ!!

と胸が熱くなりました。

 

そしてお花見を楽しみ、手を繋いで桜並木を歩いていた時、私はあいていた右手で写真を撮ろうと携帯をもぞもぞ操作していたら、みっちょんが、

「あ、あゆたん、チビの手放して両手で撮っていいよ」と言い、私も(手を離したくなかったんだけど)「ちょっとごめんね。」と言って写真をとりました。

その数分後、また写真を撮りたくなって右手でカメラを動かすと、今度は何も言ってないのにチビちゃんからそっと手を離してきたのでした。

あまりにそっとしていたのですが、私は密かに感動していました。この子はちゃんと見てて分かってるんだ、、!こんなに小さいのに!

 

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そしてみんなでお家に帰りまったりしてから、私が帰る時にみんなで駅まで送りに出てくれることに。玄関で出かける準備をしてる時に、いち早く靴を履いたチビちゃんが、そっと両親のクツを揃える瞬間を見ました。

こ、こんなことが出来るの!!この子は!

なんて優しい子なんだ。

 

と、色々な成長の姿に感動しまくりでした。

そういう話しはね、大きくなったときにたくさん話してあげるといいよ、あなたが小さかったころはこうだったんだよって。子育てしてるほうは毎日必死で忘れちゃうもんなんだから、と母が言っていたので、こうして記録しつつ、いつか話してあげたいと思うこの頃です。

 

真綾ちゃんとのストーリー

30周年記念ライブは2日間あって、私は1日目のRoute Aにいった。この日は25周年でも演奏していた川北バンド、翌日RouteBは違うバンドでの公演だった。

30周年のベストアルバムは、255曲の楽曲の中でファン投票、アーティスト票で選ばれた曲で構成されている。

好きな曲たくさんあるけど、プラチナなどのアニソンよりも、バンドサウンドが際立つような曲や、特に「誓い」がすごく好きで、ライブではちょうど中盤できけて、そしてその時には懐かしいダイジェスト映像がステージで流れ、ファンにとって感動的な時間になった。昔の曲もたくさん聴けたけど、真綾ちゃんはどの曲も大切に育てている感じがして、リリースした時より今の真綾が歌うほうが不思議とさらに良い曲に感じる魔法がある。。

いきものがかりの水野さんが、

「すべてに品があって、ほのかな緊張があって、敬意があって、それでいて冷たすぎず、優しい。30年というキャリアを経てもなお、過去への愛はあれど、時間の垢のようなものはまったくなく、瑞瑞しく洗練されていて。その立ち振る舞いに背筋が伸びる思いでした。」と素晴らしく表現していた。まったくこの通りと感じた。

 

🌸

ファン歴を振り返ると、出会いは14歳のころだった。

アニメ「天空のエスカフローネ」で真綾ちゃんは16歳で主人公の声優を務め、さらに菅野よう子プロデュースで主題歌(約束はいらない)とエンディング(ポケットを空にして)を歌い、華々しい歌手デビューも果たした時だった。

まずこのアニメのサントラがとにかく素晴らしかった。

菅野よう子と溝口肇(世界の車窓から、の音楽作った人)が作り上げたサントラは、劇中曲としてオーケストラが演奏する教会音楽のようなものや、中世ヨーロッパの世界観を表すロマンチックだったり壮大なクラシック音楽がたくさん入っていた。こんな本気のアニメサントラがあるのかと衝撃だった。真綾ちゃんの瑞々しい歌声はすごく印象に残ってて、とくにポケットの歌詞が好きだった。

 

そこから時は流れて2014年、、

ある職場で音楽好きの人たちに刺激され、ふと弾き語りをやってみようと思う。

そこで選んだのは、なぜか存在を思い出した、真綾ちゃんの曲だった。

「ID」は真綾の作詞デビューの曲で、ピアノだけの伴奏で始まるので弾き語りにぴったりだった。

ここで、聴けば聴くほど良い声で、どうしてもあんなふうになりたくてなれなくて、憧れがつのった。歌うって楽しい!が溢れて、ライブハウスでの発表会に出て、ギター・ベース・ドラム・キーボードとグランドピアノの編成ではじめて弾き語りをした。人生で3本の指に入る恍惚とした瞬間だった。

 

そこからじわりじわりと色んな曲やラジオをきき、真綾ちゃんと言う人を知っていった。

真綾ちゃんの1人ヨーロッパ旅エッセイ「everywhere」も忘れ難い。

 

そしたら2016年ごろのとある晴れた日、渋谷の喫茶店にてその出会いは起こる。

友達とカラオケに行き真綾ちゃんの曲を歌ったあと、宮益坂の喫茶店でお茶をしていたら、なんと急にお店に真綾ちゃんご本人が入ってきたのだった。震えた。

ひぃ〜〜!!こんなことが、、あるの?!

と心臓がバクバクした。

仕事の打ち合わせのようで、奥の席で誰かと話していたので、打ち合わせがひと段落する頃合いを見計らって、気絶しそうな気持ちで声をかけた。

でもこんな時なんて言ったらいいかまったく分からなくて、写真とられるのも嫌だろうと思って、なぜか握手してもらったのだった。わたし、サインの価値って分からなくて、なぜか握手をお願いしてしまった。

緊張してあんまり顔をよく見れなかったような気がするけど、快く応対してくれて、帰り際に声をかけてくれて「またいつかどこかで会いましょう」と、言ってくれたのを忘れない。

いま思えば、私の好きはまだ山の6号目くらいなのに、真綾ちゃんに会ってしまったのだ。

 

それからさらに時は過ぎ、2021年。コロナ禍を経て、真綾ちゃんの25周年記念ライブのDVDを買った。はじめてちゃんとライブ映像を見たら、素晴らしくて素晴らしくて、心洗われた。CDの音源で聴いてた昔の曲は、今の真綾ちゃんが歌うことで、「こんな良い曲だったのか!!」と再発見した。色褪せず止まらず育み続けてるんだ、、と衝撃だった。

ライブの終わりには「またいつかどこかで会いましょう」と、言うのだと知った。あの日のように。

私は、いよいよ真綾ちゃんの、全てに魅了されてしまった。いよいよ本当に、好きだ、と思った。

 

そして、2022年、「今日だけの音楽」というアルバムを出してから、ライブに初めて行った。

歌の全てから誠実な気持ちが伝わってきて、ほんとに素晴らしかった。

エスカフローネのエンディング「ポケットを空にして」は毎回ライブの最後に一緒に歌う曲になってた。その一員になれて幸せ。

これは出来れば毎年来たい、聴き続けたいと思った。

 

2024年、「記憶の図書館」ライブ。

2026年、30周年ライブ。

変わらないでいてくれること、その美しさを少しもすり減らさないで、輝いていてくれること。

ありがたいことだなぁと思った。安心して楽しみに出来る。また好きになってしまった。そしてこれからも、ずっとずーっと楽しみにしてる。