出発の朝、東京は小雨ちらつく日だった。普段は目覚ましなんかかけないので、早起きのためにアラームをセットしたらいつ鳴るのか気になってねれなかった・・!
空の上はいいお天気で、飛行機からは綺麗な富士山が見えた。やっぱり富士山、好きだなあ。登りたいとは思わないのだけど。空から見ると思ったよりも大きな姿で、通り過ぎるのもゆったりと感じる。富士山と目を合わせているあいだは、心が空っぽになる。そして雲には虹色の丸と、その中に私の乗っている飛行機の影がまるで海を泳ぐサメみたいに写っていた。
空の上より吉祥予報をお伝えします!本日は良いことがあるでしょう!明日もあるでしょう!
そんな言葉が浮かんできた。この眺めにすでに満足している。
南紀白浜空港に到着し、熊野方面へのバスがくるまで30分以上時間があったので、朝ごはんを食べようと空港で唯一のレストランに入った。朝のメニューは1つだけで選択肢はなく、本当はラーメンとか食べたかったなあ。ここで田舎あるあるなのだが、通りすがりのおばあちゃんに携帯の使い方を突然聞かれたので教えてあげた。最近は道を聞かれるより携帯の使い方を聞かれる方が多い気がする・・。
熊野本宮行きのバスに空港から乗ったのは、私をいれてたった3人だった。空港からしばらくは海沿いを走り、そして街中へ入っていく。お腹もいっぱいだったので思わずうとうとしていた。しばらくすると、右足くびあたりでサワサワ〜と風が吹くような、そこだけぞわぞわする不思議な感じがしたので目を覚ます。外をみると、何とか王子、と地名を表すような看板がみえて、熊野古道の近くにきているようだ。ずいぶんと景色が変わっていて、なんだかタイミングよく起こされたみたいだった。
空港から2時間くらいかけて、ようやく熊野の本宮大社前駅に到着した。ここから目的地である十津川行きのバスの時間まで3時間もあるので、のんびりお昼を食べて熊野本宮大社と大斎原をみることにした。
この日は熊野も小雨だったが、それがまたよく似合うところだ。緑は深く、霧がかかり煙っている。見えない中にたくさんのいのちがうごめくような気配。もののけ姫の世界のような。熊野は実に奥深く神秘的だ。
大斎原(おおゆのはら)の鳥居を裏から。大斎原はもともと熊野本宮があったところで、明治の大洪水のあと熊野本宮は少し高台のいまの場所に移されたそうで、大斎原は今は鳥居が残る。ここに来るのは2度目で、1度目はここで和太鼓奏者の林英哲さんが行ったライブを家族で見に来た思い出がある。
本宮大社へ。雨が降り続く。
本殿まで続く階段の途中に宝物館があり、なぜかそこの入り口付近に使われていないボートが転がしてあった。こ、これはもしや、その明治の洪水の時に関係あるのでは、、と思って見ていると、料亭の板前のような服をぱりっと着たおじいさんがあらわれ、このボートの謂れを教えてくれた。どうやらこれは皇族(常陸宮)のもので、本宮の神主さんが殿下のボート仲間であったのでそのボートを譲り受け、置き場所なくここにこんな形で転がすように置いてあるのだという・・。よくこれを洪水と関係あるのかと思って見ていく人がいるけど違うんだ、と言っていた。そんな、洪水でここまできたなら、そりゃ地球滅亡ですわ、と言って、なるほど謎が解けました!とお礼を言った。そのおじいさん、本殿前でも一度すれ違っていたけど、その雰囲気の清々しさと目がめちゃめちゃ透き通って綺麗だなあと思い、すごく印象に残った。
さて、一通り観光したもののバスまではまだ時間があるので、いい感じの喫茶点でのんびりした。雨だし。和歌山といえば紀州梅。梅ジュースがとっても美味しかった。梅の身をほぐした木のスプーンをガラスの器に入れると、熱でゆっくりと曇っていくのが綺麗だった。喫茶店でハガキを売っていたのでハガキを書くことを思いついて、かいてみる。なかなか良い時間になった。友達のお母さんにあてて、手作りのお皿を頂いたお礼をしたためた。
そしていよいよ来た1日2本限りの、十津川村行き最終バス。乗客はなんと私だけ!熊野から十津川村までは30分くらい。十津川村は東京都と同じ大きさがありながら、人口は3000人ほどなのだそうだ。バスの運転手さんは生まれも育ちも十津川だそうで、気さくですごく面白かった。(※と思ったが、実は十津川村に関西弁のような方言はない(十津川は、南北朝が吉野におかれた影響のためか、ここだけ非常に標準語に近い関東アクセントの言葉になっているそうだ。)ときいて、この方は出身は十津川ではないのかもなぁ、と後から思った。)
お姉さん東京から来たってことは、大学でてるんやろ、エリートじゃな〜、東京の人はあれやろ、やっぱりみんな大学でてるんじゃろ。わしは勉強はさっぱりやな〜、というので、勉強できても心が健康のほうがいいと思う!と言うと、でもあんまりアホはあかんやろ〜?と、地元のガキ大将が大人になったような、めちゃめちゃ素朴で明るい太陽みたいなおじさんだった。それで、毎日十津川の温泉入ってて肌が乾燥するから肌水を数種類ブレンドして使っている、とか話をきいていると、地元のおじさんが1人乗ってきた。久しぶりにバスに乗ったらしく、日常生活の会話が繰り広げられた。
運転手さんが
「犬、どうした?死んだか?」
「死んだ。12歳やった。」
「ほうか。わしものぅ、四国犬ちゅうのこうての。2匹おってな。」
「四国犬か。あぁ、◯◯んとこの犬、紀州犬な、あれよう吠えるな。」
「吠えるな。バスにもよう吠えよる。」
「あれはあかんな。人に食いつきよるぞ。」
「ほんまな。こんなコロ(子犬)のときに食われたわ。」
(※方言はデタラメとなっております・・泣)
と、つづく方言の、その会話にただようものすごい味わい(?)とテンポに聞き惚れてしまった。私が同じ内容の話を友達としたとして、こんな味はでない。宮崎駿が、赤ちゃんの仕草をさして「こういうのも文化だから」と言っていたが、私はこの会話をききながら「これも文化だ!」と思った(?)。なんだか耳に心地いいリズムで会話がぽんぽん続いて、私が喋ったら壊してしまう感じだった。
さて、十津川村のバス停からは宿の送迎車でこれまたすごい山道をとおりながら、温泉宿「静響の宿 山水」に到着。迎えてくれたお宿の方も、すっごく目がきれい!なんというか、自分の内面の素朴さと近しいものを感じた。どうか、その良さが守られますように。(そして確かに、この宿の方は方言でなく標準語のイントネーションで話されていたので、十津川の方かなぁと思った。)
近くに流れる十津川の河の音をききながら、温泉を満喫して眠りにつく。(十津川は温泉もとても良い。)一人暮らしして1番かわったのは、どこでも良く寝れるようになったこと。
明日はいよいよ神社へ。