かえってきた⭐️cui cui diary〜 ティータイムにessayを。

30代独身OLの日常のB面(尽きないファンタジー)を書いています。

旅は

私にとって旅は、世界の美しさを発見しにいく冒険だなあといえる。
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4月に自分のなかの小さな枠が、がらがら崩れて、心が壊れた。
眠れなくて食べれなくて、怖かった。急に外の枠から自分が見えてしまい、死んでしまいたかった。今までどれだけ自分に目をつぶっていたか、そこに逃げていたか、その中で堂々めぐりしてたか、自分に嘘がつけなくなるてこういうことかとおもった。

桜のとき、破壊と再生を体験した。
桜は美しかった。さりげなく心を洗われた。

大きなものをすてて、そしたら不思議と新しい日々が少しずつ動きだした。

人と関わる中で知った。みんなに眠れない夜があること、食べれない時があること。
死んでしまいたいところから、一つずつ次のキーを見つけて行くと、ちょっとずつ足もとに陽が当たるように照らされはじめた。
こういう時を転機と言うそうだ。そう言ってもらえると、先に希望を感じるけれど
破壊の前には1度すべてが止まり、なにもかも動かない時が訪れる。そこからすべてが崩れて空が落ちて、暗闇の中で目をこらして、抜けていくのだった。
まるで、洞窟をくぐりぬけるように。

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富士の麓にある胎内樹型。
樹が溶岩にのまれてうもれ、固まった溶岩の中で樹だけが朽ちると、そこが空洞の洞窟となる。
洞窟をくぐることは、破壊と再生の意味があるような気がした。

再生とは、古いこれまでの自分を受け入れたということだ。認めたということだ。
生まれなおして、また日々は続く。